イズっち

【『N・H・Kにようこそ!』感想】
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 第13話「天国にようこそ!」
 第14話「現実にようこそ!」
 第15話「ファンタジーにようこそ!」
 第16話「ゲームオーバーにようこそ!」
 第17話「はぴねすにようこそ!」
 第18話「ノーフューチャーにようこそ!」
 第19話「青い鳥にようこそ!」
 第20話「冬の日にようこそ!」
 第21話「リセットにようこそ!」
 第22話「神様にようこそ!」
 第23話「岬にようこそ!」
 第24話「N・H・Kにようこそ!」

 公式サイト



■ 『N・H・Kにようこそ!』 スタッフ&キャスト
<スタッフ>
 原作:滝本竜彦、大岩ケンヂ(「月刊少年エース」連載、角川コミックス・エース刊)
 監督:山本祐介
 監督補佐:園田雅裕
 シリーズ構成・脚本:西園悟
 キャラクターデザイン:右湊具央・吉田隆彦
 総作画監督:吉田隆彦・下谷智之
 音楽プロデューサー:福田正夫
 音楽:パール兄弟
 音響監督:塩屋翼
 音響制作:オムニバスプロモーション
 編集:三嶋章紀
 美術:スタジオ・イースター
 撮影監督:北村直樹
 色彩設計:内林裕美
 音楽製作:ビクターエンタテインメント

 OPテーマ:『パズル』 ROUND TABLE feat. Nino
 EDテーマ:『もどかしい世界の上で』 牧野由依


 アニメーション制作:GONZO
 製作:N.H.K.にようこそ!製作委員会

<キャスト>
 佐藤達広:小泉豊
 中原岬:牧野由依
 山崎薫:阪口大助
 柏瞳(先輩):小林沙苗
 小林恵(委員長):早水リサ








■ 『N・H・Kにようこそ!』 第13話 「天国にようこそ!」
脚本:西園悟 絵コンテ・演出:鏑木宏 作画監督:長沼範裕

 今週から2クール目。
 『シムーン』が最終回を迎えたので、こちらをきっちりビデオに録画して昼間に観れるようになったのは僕にとって嬉しいことなんですが・・・昼に居間でコレを観ながらカツ丼喰ってたら(起き抜けにカツ丼・・・)、母が起きてきて、「彼女なし収入なし根性なし」のとこで大笑いしてた。「何この漫画!」と、その後最後まで観てたけど・・・息子としては、あまりに見せたくなかった作品だなぁ(笑) エロゲや小学生盗撮の回でなくて良かったけど・・・



 ○ コメディなんだけど、やってることは恐ろしくマジメ
 圧巻。
 ちょっと震えが止まらないくらい、マジメに自殺シーンとソレを止めるシーンを描いていて。もちろん万人を納得させることも救うこともコレで出来るとは思いませんが、ドラマとか映画でよく見られる自殺シーンのような“薄っぺらさ”に留まらないように、しっかりと描ききろうという姿勢が見えたのに感動しました。これ・・・マジメに、NHKとかで放送しても良いんじゃないの?


 佐藤くんの思考がこちらに流れてくるので上質なコメディとして仕上がってましたが、集団自殺に向かう心理としてもリアリティ伴って描けていたと思います。いや、流石に僕も集団自殺の経験はありませんから、実際にどういうカンジかは分かりませんが・・・一歩一歩踏み出していく様子、「今更辞めるなんて言い出すなよ」という無言の圧迫感、着々と死に向かうにつれて現実から離れていく様子―――
 佐藤くんのお調子者っぷりは差し置いても、その場のフンイキに流されて、「先輩となら死んでもいいかも」という思考に流れていっちゃう過程には実に説得力がありました。何も持たない、誰にも愛されてない(と本人は思っている)人間は、ここで思い留まるだけの理由がないのですもの。


 そうそう。冒頭の山崎宛ての手紙―――書いた当時は佐藤くんはオフ会の存在を知らなかったのに、読んでいる山崎は「佐藤さんは集団自殺に向かっている」と考えているので間違った解釈で進んでいって、「自殺するだけの理由が佐藤さんにはある!」とまで言わせているのに笑いました。時間軸で言えば、その頃はまだ佐藤くんは生き延びる気満々だったのにね。



 話戻して、自殺オフ会の話。
 “理由を持たない”佐藤くんと違って、率先して自殺へと向かおうとしていたオフ会メンバーが次々と救われていく過程は一つ一つのケースとしては分からなくはないです。「死んで悲しむ人がいる」(母親の顔がちらつく)、「人生まだやり直せる」(別れた家族に未練がある)、「助けてくれる人がきっといる」(弁護士を紹介してやる)―――そして、瞳先輩の「望んだ未来がくるかも知れない」(飛田メガネからのプロポーズ)。
 どれも自殺志願者を救うケースになりえて、多くのドラマや映画、漫画なんかで踏みとどまる理由として描かれているベタなパターンです。こうした理由で人が救えないワケじゃないですし、彼らのような人間は救われるだろうってことは否定しません。でも、本当に何もない人間にとっては、こんな言葉は薄っぺらいんですよ。

 だから、死にたがっていたオフ会メンバー4人が救われた後に、彼らを救った“生きる理由”を持たない佐藤くんこそが死のうとする展開は(コメディ調に描かれていたけど)真に迫るものがありました。
 パッと見、安全圏の人間からすれば「佐藤くんは瞳先輩にフられたから自殺しようとしたんだ」と思えたかも知れませんが、それは最後の仕上げであって、そこまでにずっと下地が出来ていたんですよ。佐藤くんにとって母は「死んで悲しむ人」ではありませんし(実際は悲しむだろうけどなぁ)、人生はやり直せないものだとしか思えていませんし、助けてくれる人はいませんでした。佐藤くんは半端に頭がイイので、望んだ未来など来ないことを知っています。もう、彼に生きる理由なんてないんですよ。

 飛田メガネの正論は、佐藤くんにとっては「持ってる者」からの薄っぺらい言葉。
 かつて岬ちゃんの元から去った時に考えた通り、何も持たない崖っぷちの佐藤くんにとって、“次に裏切られたら最期”だったんですよ。誰も信じることができないから引きこもっているのに、やっとの思いで誰かを信じて、その想いが届かなかった時―――もう、生きてはいられない。そう考えられるだけの説得力が、この1ヶ月間でキッチリ描けていたと思います。



 オフ会メンバーを救ったベタな“生きる理由”、そんなものでは救えなかった佐藤くんに届いた友の言葉―――
 岬ちゃんのは・・・追い討ちをかけただけなので置いといて(笑) 山崎の台詞にはうるっときました。色々と理屈を述べてましたが、言ってる言葉は他のオフ会メンバーを救った言葉と一緒。「アンタにはまだ帰る場所があるじゃないか」

 もちろんこの言葉が全ての人に届くとは思えません。これを佐藤くんに言えるのは、一緒に戦った山崎だけですし。世の中に溢れている“何も持たない”人々には、岬ちゃんも山崎もいなくて―――たった一人だからこそ死に向かっているのだけれど。
 いつ死んでもおかしくなかった第1話の佐藤くんが、岬ちゃんと出会って、山崎と再会して、必死に悩んでエロゲ作って・・・そうした日常があったからこそ、そんな日常に帰るために生きようと思えたというのがとても暖かく。とても真摯に引きこもりを描こうとした、この作品ならではの答えだったのかなーと思いました。




 だからもう、佐藤くんは山崎とくっ付けば良いんじゃないですかね?





 ○ 岬ちゃんの心情吐露
 まぁ・・・「やっと見つけた大切な人」で嫌な予感はしてたし、コレまでにも兆候はありましたが。
 岬ちゃんが佐藤くんを選んだのは「私よりもダメ人間だから」でした。


 それがヒーローものであれ、スポーツものであれ。視聴者(読者)と同じような立場だった主人公が、誰かに選ばれ、やがてヒーローになっていく物語には理由がありました。
 昔のロボットアニメなんかでは「じいちゃんが作ったロボットだから」とか、『ガンダム』は親父の作ったガンダムの説明書(設計書?)を持っていたから、『スラムダンク』は人並み外れた体格とジャンプ力を持っていたから。時代を経ていくにつれ、徐々に“フツーの人”になって、視聴者が感情移入しやすくなっていっているんですよね。
 その最たる例が初期『アイシールド21』の、イジめられていたのが転じて足腰が鍛えられて瞬速のランニングバックとして起用されるってのだと思うんですが・・・これなんかは“フツーの人”どころか、マイナスからのスタートをプラスに転じてヒーローになっていく話なんですよね。漫画版『舞-乙HiME』とかもそうか。

 そして―――この作品は更に深い領域へと踏み込んできました。
 「私よりもダメ人間だから」
 もう何かマイナスとマイナスを掛け合わせて超マイナスになっちゃうみたいな理由で、佐藤くんはプロジェクトに選ばれたのでした。この作品が受けるというのは、↑で挙げた作品のような王道パターンのオマージュという意味だけでなく、自分がダメ人間だと自覚している人が増えてきているからなのかもしれませんね。

 よし!今後は引きこもり以上のネガティブ要素を詰め込んだダメ人間を主人公にすればヒット間違いなしだ!
 俺は描きたくないけどなっ!




 ・・・話戻さなきゃ。
 岬ちゃんの言う「私よりダメ人間を見つけたから生きてられた」という言葉、まぁ・・・“人よりも裕福たれ”“だから競争しろ”“下(の階層)には落ちたくないだろ?”という森派の政権が続いた日本においてはわりかし標準的な考え方だと思いますし、それを口にしていないだけで大抵の人は考えていることだと思いますから・・・
 むしろ、それを認めて口に出せた岬ちゃんをちょっと見直しました。この発言で岬ちゃんを酷い女だと思う人は、生まれてこの方誰も見下したことのないキレイな御心をお持ちなのですねと言いたい。


 という皮肉はさておき。
 僕は他人を見下さなきゃ生きられない社会はどうかと思うので岬ちゃんを全肯定はしませんが・・・ちょっとニュアンスを変えて「自分と近い人間と出会えたから」という言葉にしてみたら、分からなくはないです。何度か書いてますけど、岬ちゃんって佐藤くんサイドの人間なんですよ。だから、そこに妙な仲間意識があって、普通の人と喋っている時よりもイキイキしてる・・・

 他人を見下して生きている人達よりもよっぽど健全で、これこそが人が人間らしく生きていける唯一の術なんじゃないかと思うのです。岬ちゃんは佐藤くんに出会えて救われた、佐藤くんは山崎と再会して救われた―――それで良いんだと思います。だれもが他人より優れた才能を持っているワケじゃないし、だれもが幸せな恋愛ができるわけじゃない。でも、だからと言ってそれが孤独なワケじゃない。僕たちは一人じゃない。僕達は同じ宇宙船地球号の一員じゃないか!そうさ、世界は一つなんだよ!ほら、目をつぶって隣の人に手を伸ばしてごらん!



 ・・・・



 ・・・・・・・悪ノリが過ぎました。ゴメンなさい。ちょっと疲れてんだ、俺。
 ともかく、きっちりと自殺阻止を締めてきた今週を観れば、佐藤くんにも岬ちゃんにもちゃんとした答えがいずれ作中で出されるのだと思えてきました。期待しています。


 








■ 『N・H・Kにようこそ!』 第14話 「現実にようこそ!」
脚本:西園悟 絵コンテ:福田道生 演出:熊澤祐嗣 作画監督:村井孝司

 おぉっ、絵コンテ職人:福田道生の回だったのか・・・
 流石に僕は映像観てコンテの違いが分かるほどの目利きはないけど、EDクレジット観ながら「おぉっ、○○が原画に入っているからああいう絵になっていたのか!」と言えるくらいにはなりたいです。新EDになって、更にクレジットが読みにくくなっちゃったけど・・・




 ○ 岬ちゃんの可愛さで誤魔化そうとしたってムダだ!
 先週までの怒涛の展開から今までのような現実に帰還する、“フツーのアニメで言えば”繋ぎの回でした。
 でも・・・・・・こういう繋ぎの回にこそ、この作品の丁寧さが見えてくるもんだなーと思うのです。ぶっちゃけた話、今まさに飛び降りようとしている自殺者を助ける話って、大抵ソコ(=崖の上)から降ろしてやってオシマイってものが大半ですもの。その後をキッチリ描く必要なんて本当はないのかも知れませんが、この作品はケジメとしてちゃんと彼らを救おうとしている―――おかげで1話消費してしまいましたが、その価値のある1話だったと思います。


 温泉のオッチャンの説教、家族との再会、次に会う約束―――
 一つ一つはテンプレ通りの“自殺志願者を救う方法”ではありましたが・・・死ねば全てが終わってくれると思っていた彼らに、「オマエらが死んだ後も世界は動いているんだ」と現実を突きつける過程なんかは、上手い落としどころだったなーと思いました。今日飛び降りなかった彼らだけど、またいつ人生に絶望するか分からない―――でも、そんな時にも同じ過ちを繰り返させないように、彼らに人間的成長と救いをキッチリと与えているスタッフに天晴れです。

 ・・・・・そして、こうして一人一人救われていったオフ会のメンバーの陰で。
 誰にも救われないたった一人の佐藤くんが描かれ―――本当のこと言えば、このメンツは佐藤くんに救われたと感謝しているのだし、母親も山崎も佐藤くんのために涙を流せるとは思うんですが(山崎だって、何だかんだ無人島まで追いかけてきてんだもの)・・・佐藤くんはそれに気づいていないし、彼にとって「自分を必要としてくれる人」はいなかったんですよね。唯一自分を必要としてくれた先輩も飛田メガネのところに行っちゃったし。



 そう。岬ちゃんだけが、佐藤くんのために涙を流してくれたのです。
 彼女だけが、佐藤くんに「生きて欲しい」と願った―――(と、佐藤くんは思っている)



 誰にも救われず、誰にも必要とされなかった佐藤くんが・・・だから、岬ちゃんのために「いつもの時間」「いつもの場所」に向かったという展開は、物凄く説得力がありましたし、感動しました。単に、岬ちゃんが無人島まで来てくれたことに感謝したワケでもなく、涙を流してくれたこと(だけ)にトキメいたワケでもなく―――佐藤くんには、それしか選択肢がなかったからこその展開。ここまでキチッとハマった構成を見せられると、流石にグゥの音も出ません。





 ・・・・・
 ・・・・・・・・・・というのが、僕の中の小奇麗な部分での感想。
 ドス黒い部分での感想を言わせてもらえば、「結局、誰かが傍にいてくれなきゃ人間は生きていけないってことなのか」ということ。自殺志願者を救うにあたって、この結論は一番正しいだろうけど一番ラクなんだよなーとガックリ来ちゃいました。

 何十回でも何百回でも書きますけど、僕らの前に岬ちゃんが現れることは未来永劫100%絶対にありえないワケです。なのに、佐藤くんが「岬ちゃんがいたから生きていける」と結論を出してしまったら、僕らはもう未来永劫100%絶対に「生きる理由」を得ることは出来ないじゃないですか。これだけ丁寧に自殺を描いたからこそ、もう僕らに生きる理由がないことを丁寧に描かれているのと一緒だとすら思えてしまいます。




 ・・・・とまぁ、難癖付け始めたらキリがないという結論。
 面白かったです。願わくば、岬ちゃんには先輩と一緒にお風呂に入ってもらって裸の付き合いをしてもらいたかったですが、そんなものは些事に過ぎません。満足、満足。

 次回への引きは、別にいいや・・・どうでも。
 「正解は・・・・・・CMの後で!」と言われた瞬間、テレビを消しちゃう僕ですから。




 ○ 山崎
 体験版で3000円はヒドイ・・・・・・無料で配って名を売ってこその体験版だというのに。
 ゲーム作りの才能と情熱はあるのかも知れませんが、お客様の心を掴む商業テクニックは皆無なんだなコイツ。僕も他人の事は言えんけど・・・・・・まぁ、こういうところで要領よく立ち回れないからこそ、社会不適合者なんでしょうね。

 頑張れ山崎、超頑張れ。
 お祭りの一件で、コイツのこともどうでもよくなっちゃったけど(笑)


 








■ 『N・H・Kにようこそ!』 第15話 「ファンタジーにようこそ!」
脚本:西園悟 絵コンテ:大畑晃一 演出:吉田徹 作画監督:根岸宏行

 第1話の岬ちゃんのスカウトなんかもそうでしたが、この作品って漫画やアニメの“王道展開”を敢えてなぞっているように見せかけて「現実はそう簡単にはいかねえよ」と言っているのかも知れませんね。

 自殺オフ会で佐藤くんが(結果的に)救った少年から紹介されたネトゲRPG、セオリーなら過去に主人公に救われたキャラとの繋がりが窮地で主人公を助けるというのがあって、現にネトゲ始めたころの佐藤くんにとっては「まだオレにはネトゲがあるじゃないか!」とごめんよララァばりに“救い”になっていたんですが・・・・・・
 岬ちゃんの「良い方向に進んでるみたいだね」という台詞がイイカンジに視聴者を現実に引き戻してくれて、「良い方向に進んで・・・るのか、これ?」と徐々に気付かせてくれたところで、最後の廃人っぷりで締め。この辺りのバランス感覚は、毎度の事ながら震えさせられます。脚本家の腕か・・・・・・



 ○ 現実で人と接せれない人間はネトゲでも一緒
 ファンタジーバトル描写ということで、ようやくGONZOの本領発揮か!と期待していましたが―――バトル描写は(多分わざと)ヘナヘナな感じで描かれていました。GONZOアニメが苦手だった僕からすると、この辺りの“GONZOっぽくなさ”は丁度よくはあるんですけどね。コンテと演出にバトル寄りの人を連れてきたのに、ムダに使うあたりが凄い・・・・・


 というワケで、ネトゲの話。
 仕送り半分になって、追い詰められた結果としてネトゲでのリアルマネートレードに賭ける佐藤くん・・・・なんだけど。岬ちゃんが働いている漫画喫茶でバイトすれば良いんじゃないか?とかは思ったらダメ? 個人的には、知り合いが一人いる状況にバイトで入る方がキツイと思うんだけど・・・佐藤くんは何気に適応力あるし、普通に社会復帰出来たような気がするんですけどねぇ。

 それはひとまず置いといて。
 どんなに頑張っても社会復帰できないほど追い詰められてる引きこもりの人間が(というか、先週のラストまで生きている理由すらなかった人だしね)、選択肢を潰していったが故のリアルマネートレードだった上に。“何でも出来る”が売りのネトゲ内でも、人に話しかけられない、お金がない、弱いのコンボで選択肢がないというのが、何だか耳がイタイ話だなぁと思いました・・・・・・

 僕はネトゲというかオンラインのゲームすら何一つやったことないというか、ゲーセンで知らない人と対戦するのすら怖い人間なんですが。この辺りの「結局は現実世界と一緒」という感覚は、4年半も個人サイトをやっていて身に染みています。リアルで友達いない人が、ネットで友達なんかできるワケないですもの。リアルもネットも、誹謗中傷と人格否定の繰り返し―――ダメな人間はどこに逃げてもダメなんですよ。



 ということで、ネトゲにハマるがあまりに廃人化する佐藤くん。
 ここで注意しなきゃならんのはネトゲが悪いということではなく、“どこまで行ってもダメ”な佐藤くんだったらこそ「前よりダメになってる・・・」ということ。ネトゲに罪はない、ハマり方に問題があるのだ―――と、優等生的なことを言ってみる。
 まぁ、何にせよ仕事にしようとするには、ある意味で廃人のような精神にならんといけないということですよね。




 ○ でも、やっぱり佐藤くんは恵まれているよなぁ・・・
 自殺オフ会で岬ちゃんや山崎が止めに来てくれたように、今週で言えば岬ちゃんが心配で見に来てくれたように(岬ちゃんが心配していたのは、「自分が必要なくなるか」だったのだけれど)。佐藤くんって周りの人に恵まれているから、真の意味で完全な引きこもりにはなれそうにないんですよね。そりゃ、本当に2クール部屋の中に居られたらアニメにならないんですけど・・・・・・

 人間が“踏み入れてはいけない領域”を踏まないように心がけるのって、周囲の見えない力があるからこそ。
 それが自殺であれ犯罪であれネトゲ廃人であれ、取り返しのつかない事態に陥って失うものを考えて天秤にかければ踏みとどまれるものだったりします。僕が頑なにヲタバレ・サイトバレを恐れているのも、まだ失うものがあると思うから―――逆に言えば、こうした“失うもの”を持たない人は平気で一線を越えられる。それがヲタへの一歩目か、犯罪者への一歩目か、天国への一歩目かは各人によって違うでしょうけど。


 佐藤くんにはまだ戻る場所があるから、廃人から復帰できるんでしょうけど・・・・・・
 この作品に感情移入してる人達って、もう完全に戻る場所を失っている人達でしょうに。第1話からずっと思っていたことですけど、あまりにリアルに自分に通じる部分が描かれるからこそ、自分はないものを持っている佐藤くんに共感は出来ないなー。ネトゲで女性パートナーが出来ても、リアルで美少女が自分を待っていたらソッチ行くよなーって思っちゃいますしね。


 何はともあれ。待ちぼうけの岬ちゃんの表情は可愛かった。
 夜分に女のコが一人でこんなとこに居て危ないとは思うけど・・・・・・初期の頃は、佐藤くんも「チカンに合うんじゃ!?」と心配してくれてたのに、慣れって恐ろしいです。


 








■ 『N・H・Kにようこそ!』 第16話 「ゲームオーバーにようこそ!」
脚本:西園悟 絵コンテ:笹木信作 演出・作画監督:奥野浩行

 イタイ・・・・・・なんかもう、イタ過ぎて脳が感想書くのを拒絶しているくらいにシャレにならない回でした。
 「ニートの極み!」と文字にすれば必殺技みたいな30年後の描写ももちろん、ホレた相手がネカマな上に知り合いという泣きたくなる展開で、今回ばかりは佐藤くんに同情してしまいます。まぁ・・・岬ちゃんを邪険にしたんだから当然の報いではあるし、これで夏祭りの怒りが収まるワケじゃないんですが(根に持つなぁ・・・)。とにかく、後半は見てるのが辛かったです。


 いや、面白いんですよ?
 ここまで真に迫る描写が出来るという意味で、最高の作品だと思います。ただ単に感想さえ書きにくいだけです・・・・・・来週は更に辛い展開でしょうから、今から胃が痛い・・・・・・



 ○ 岬ちゃんに萌えるのか、牧野由依に萌えるのか、そこが重要だ
 「待ってて、私が体を張って佐藤くんを助けるから・・・!」と走り出した絵がやけに動いてて、こういうところに力注ぐ辺りが流石GONZOだなぁと複雑な気分だったんですが―――その後、ネコミミ・尻尾付きで登場してきた時にはズッコケました。やばい、僕もつい最近描いたよネコミミ(笑)


 

 自分の絵にネコ耳というレイアーがある虚無感が、アナタには分かるというのか!!?



 何故あんなアイテムを持っていたのかは置いといて、真っ赤になって猫になりきろうとする岬ちゃんが可愛かったです。
 ただまぁ・・・何度か書いているように、視聴者としては岬ちゃんの真意が見えない分、素直に萌えていいのか微妙だというのはあるんですよね。それこそ、「実は男でした!」みたいなオチかも知れません。それはそれでアリだという女装美少年好きな人もいるでしょうけど(笑)
 なので、とりあえず僕は―――このネコ語を必死に喋っている中の人を想像して萌えていこうと思います。わざわざ別録りしてネコ語だぜ。こんなことするために『リリィ・シュシュ』のピアノとか弾いてたワケじゃなかったのになーと悩んでいたのだとしたら萌えですね。



 「コスパにでも行け!」はコスパに失礼じゃないかと思いましたが、佐藤くんの怒りも尤もではあります。自分の好きなキャラを表層だけで理解した気になられるのって腹立ちますもんね。コスプレはちょっと詳しくないんで分かりませんが、いわゆる“パクリキャラ”ってこれが一番ムカつくんですよ。キャラの一部の属性だけ切り取って、「今流行っているのはコレなんでしょ?」と安牌のように出されるのが腹立ちます。テメエはモノ描きとして以前に、モノ読みとしても失格だ!と言いたくなります。

 ・・・・・あんまし書くと自分に跳ね返ってきますから、この辺で(笑)




 それはそうと。ミアの声は岩男さんだったらしいので・・・新:さくらvs旧:知世という興味深い構図だった模様。これこそガチNHK対決とも言えるのだけど、ちゃんとした直接対決ではなかった上に、実際にあの台詞を打ち込んでいたのは山崎だからね・・・




 ○ 恋愛なんて何ちゃら
 ということで、ネトゲにハマっていく佐藤くんと、そこから救おうと奔走する岬ちゃんの二面展開―――と見せかけて、岬ちゃんは全く役立たず、ミアの正体を突きつけることで佐藤くんをゲームオーバーまで追い込むという手法がお見事でした。この作品は、ホントニ面展開を上手く使ってきますね(今回はミスリードでしたが)。
 惜しむべくは、“蚊帳の外”で“無駄な努力”となる岬ちゃんのコスプレが制服+エプロンという無難なモノに落ち着いてしまったことですかね。参考資料が参考資料だったのでもっとヲタっぽいものを想像していましたし、「何だその格好はー!」とツッコみやすいくらいハッチャけた衣装だった方が話も引き締まったのになぁと思います。エプロン姿は確かに可愛かったですけどね。


 ―――しかし、カウンセリングのノートといい、今回のヲタ雑誌といい。
 岬ちゃんは困った時に独力で“本”で学ぶ人らしいですね。この辺からも彼女の閉鎖性というか、影が見えてくるのが凄いです。そんな彼女が必死に読んでいるのがヲタ雑誌というのが笑えるとこなんですが・・・素直に偉いなぁと感心してしまいました。
 だって、自分の知らない領域に飛び込む時に「読書で勉強」なんかしない人がほとんどじゃないですか。佐藤くんが廃人になっても逃げない、こうした生真面目さはホント健気だと思う・・・と、今のうちは言っておきます。




 さて、こうした現実を取っ払ってまでネトゲにハマる佐藤くんの相手は、実は正体が山崎だったミアなのですが―――ここでの山崎の台詞が秀逸でした。

 
「恋愛感情なんて、所詮化学反応みたいなものです。
 条件が整えば、相手が誰だろうと発生するんです―――そう、喩え相手が僕でもね」


 文章だけ読むと「ウホッ!」な展開みたいだな(笑)
 やり方はちょっと残酷だったとは言え、山崎の言い分は分からなくはない・・・というより、宍戸留美声の彼女に夢中だったコイツよりも“もう安全圏に戻れない”僕らの方がよっぽど身に染みているような気がしますけど。恋愛なんて資本主義がマスコミを利用して浸透させていっただけのものだし、その果てにある子作りだって単に生命を“再生産”しなければ維持できない社会システムの歯車に過ぎないワケで。それがゲームであろうが、現実であろうが、誰かが儲けるために消費者として踊らされているだけですからね。

 恋愛至上主義なんて、「たくさん稼いだ人は税率下げてあげるから頑張って働きな」という金持ち優遇政策と一緒で、「恋愛弱者は生きる価値がないから頑張って金を落としな」という社会システムの形に過ぎないワケで―――

 こうした社会の弊害を逆手にとって、僕らはゲームを作って儲ける側に回るとともに、搾取し続けるシステム側の人間を見返してやりましょうというのが山崎の言い分ですよね。言い方はキツイけど、言い分は納得です。資本主義の再生産に反発して同性愛に走るロックミュージシャンに近いとすら思います。走る方向が同性愛じゃなくて、バーチャルリアリティなだけで。



 まぁ、視聴率上位とか売上げトップ幾つかみたいなものだけチェックして、自分は流行に敏感とか思っている一般人には理解されないことですし。そもそも、この作品を観ている人の価値観は一般人よりも山崎のそれに近いでしょうから、ここで僕がグチっても全く意味ないんですけどね。



 
追記:書き忘れていたんで追記。
 この山崎の「恋愛なんて条件が揃えば」という言葉は、別にゲーム内に限った話じゃなくて、佐藤くんが岬ちゃんとか先輩に惹かれていったことも当てはまるんですよね。何もなかった彼が救いを求めた先が恋愛だったという・・・マトモな作品なら、この辺を乗り越えさせて「条件とか関係なく、○○が好きなんだ!」のような展開で締めると思うんですけど。この作品がそんな正攻法に来るとは思えませんしねぇ。




 とにかく。これでもう完全に全てを失った(二週前も書いた気がするフレーズ)佐藤くんに、救いの一本の電話―――なんだけど、どうやら彼女が“例の話”のメインキャラみたいですね。この話は色んなところで聞くので、何て書けばいいのか分からんのだけど・・・来週からは感想サボリてぇなあ(笑)

 自殺オフ会を見事に締めたこのスタッフなんだから、今度も抜かりない完璧な“救い”を期待したいです。
 今週みたいに容赦なくても辛いし、御都合主義で救われても腹立つし・・・・・・この作品の題材はホントきついところばっか狙ってくるなぁと呆れたり、感心したりしています。


 








■ 『N・H・Kにようこそ!』 第17話 「はぴねすにようこそ!」
脚本:西園悟 絵コンテ:祝浩司 演出:加藤顕 作画監督:海老原雅夫

 うわぁ、感想書きたくねぇ・・・・・・
 100%予想していた内容と展開通りでしたが、実際に絵にされて見せ付けられると辛いものがありますね・・・


 とりあえず
 
委員長の顔を復元不能になるまでブン殴れる合法的な手段はありませんかね。

 
「女を本気で殴りたいと思ったのは生まれて初めてだ・・・!」



 ○ 実際ここまで分かりやすく胡散臭いのはないだろうなぁ・・・
 今回の佐藤くん同様に「マルチ商法って怪しいものがある」と知識はあっても、そう疑わせないのがプロのマルチの連中なので、ここまで分かりやすいのはアニメだからと思っておいた方がイイと思いますよ。「佐藤くん、バッカでー!」と笑っていた次の日に、あっさり騙されるのが詐欺というものですし。


 ということで、フィクション染みた“分かりやすさ”でギャグにされてはいるんですが、ところどころでリアリティある描写や台詞がてんこ盛りなのが面白いですね。面白いというか、死にたくなるんですけど。

 ・電話では、絶対に用件は言わないで「話がある」と言う
 ・時間と場所を相手の都合に合わせるように言って、「その日は忙しいから・・・」という逃げ道を塞ぐ
 ・とりあえず関係ない話で場を暖めて、信頼関係を作ったように錯覚させる
 ・「どうせヒマなんだから」とこっちの興味も関係なく時間を占有する
 ・冷静な判断が出来ないような別世界を演出する
←コレ重要!
 ・サクセスの部分だけを見せる
 ・「怪しいな」と思われたら、不幸な生い立ちを語り始める(フィクションでも可)
 ・社会への貢献を謳い文句
 ・貴方だけは特別と思わせるように誘導

 今回は描かれなかったけど・・・
 ・男の存在はなるべく見せない
というのもありますね。今回はクラスメイトというか腐れ縁でしたけど、「このコ、俺に気があるんじゃ・・・?」と思わせて引きこむというのも常套手段ではありますし。

 でも、コレ、ほとんど岬ちゃんにも当てはまるんだよなぁ・・・(笑)




 とりあえずもう何も書けることなどないんですけど・・・・・・
 今回のケースを見ても分かるように、佐藤くんが明日借金苦で首吊ったとしても、委員長は笑いながら焼肉とか食えるもんで。これは別にフィクションでもなんでもなく、人間ってそんなもんだってことですよ。他人なんか信じちゃダメだってことですよ。どれだけ被害者に非がなかったとしても、世間は「騙される方が悪い」とぶった切るだけ。


 でも、実は今回ちょっと思ったのは・・・委員長の「見下されるのが」云々の論理って、山崎の「我々はエロゲで儲ける方にまわりましょう」と大して変わらないんだなぁってこと。
 エロゲの場合は社会への貢献とか言わないし、山崎の場合はゲーム作りに本気で命賭けているから個人的には好感持てるんですけど―――構造的には大差ないんだなぁと思いました。そもそも資本主義なんて「必要ないものを売りつけ」て儲けることが大前提の社会なんですし、そりゃそうか。人の弱さにつけこむのがマルチ、二次元に救いを求めさせるのがエロゲ。結局、二次元だけが僕らを決して裏切らないってことですね!マル!




 ○ 戻る場所のある佐藤くん
 流石に、今回の岬ちゃんの健気さには胸打たれました・・・・・・
 もう本性とか真意とか、「本当の私」とか、どうでも良いじゃん。あれだけ汚かった部屋を掃除して、手料理作ってずっと待っててくれるだけで良いじゃん。結果的に何が起ころうとも、この一時に自分の帰りを待ってくれる人がいるというだけで幸せじゃないですか。それを糧に残りの人生だって生きられるじゃないですか・・・・

 それなのに、ご丁寧な脚本なので、わざわざ岬ちゃんへの想いを振り切ってまでマルチの事務所に向かうんだから―――徹底して岬ちゃんを報われないコとして描きたいらしい、このスタッフは。鬼畜です。でも、どうせならエプロン姿でずっと待たせて欲しかったな(アホ)


 何百回も繰り返し書いていますが、現実の僕らの前に岬ちゃんが現れることは絶対にありえません。
 だから、佐藤くんは岬ちゃんへの想いを振り切って事務所に向かいますし、岬ちゃんの待つ部屋に帰ってきますが・・・現実の僕らは振り切るものも、待っていてくれる人もいません。ただひたすら虚無です。何も残らず何も生まれず、ただ単に借金と徒労感だけが残るのです。
 そこまでして弱い者から搾取して生き延びようとする委員長は、1ミリの同情の余地もなく悪ですよ。委員長が、というか・・・現実にもこうやって弱い者から搾取して豪遊している人達はごまんとしていますし。そうした人達にケンカ売ることは賢い道ではないのだと、分かってはいますが。


 
「これまで何人もの命を犠牲にして、これからもっと大勢の命も犠牲にして
 アンタ、そこまでして生きたいのかよ!!」


 バカ正直に生きることがバカな社会にだけはしちゃいけないと思うんだ。
 それだけがこの国に僕が望むたった一つのことです。


 








■ 『N・H・Kにようこそ!』 第18話 「ノーフューチャーにようこそ!」
脚本:西園悟 絵コンテ:福田道生 演出:藤本ジ朗 作画監督:山川宏治

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 頼む、委員長!一発でいいから殴らせてくれ、
ガンダムハンマーで。
 確実に一撃で脳漿飛び散らせるからよ。練習のためにWii版『SDガンダム』買ってもいいからよ。


 人に対して「死ね」とか「ブッ殺す」とか軽はずみに言うもんじゃないと昔の人は仰って、僕だって概ねはその考えに同意なんですが、他人を騙してようとする人間は別に死んでも良いと思いますよ。どんな理由があろうが、同情なんて1ミリもしねー。100%「騙す気」満々で佐藤くんに近づいてきたのはこの女じゃないですか。本当に借金を返したいなら他にも手段があったろうし、騙された悔しさを持っているなら他人を騙そうなんてしないはず。他人を死地に追いやって生きるくらいなら、僕はどんなに不恰好であっても死を選ぶよ。




 ○ 騙す方と騙される方
 と、こんな感じで今週も「感想書きたくないよう」ってな内容ではありましたが―――もう何もかもがイヤになって泣き寝入りしようとしてる佐藤くんの気持ちはスゴク分かるし、それを怒って引っ張っていこうとする山崎や、足りない知識を必死で勉強して助けてあげようとしている岬ちゃんに感動しました。あぁ・・・二人とも良い人だなぁ、無人島まで追いかけてくれた二人だもんなぁ。佐藤くんは良い仲間を持った幸せなヤツだと思うよ・・・

 と、思ったら。山崎と岬ちゃんもフツーに騙されてた。
 山崎なんか・・・20秒まであんなに格好良い顔で睨みつけていたのに、もう全部台無しだよ(笑)


 この作品観てると麻痺してきちゃうんですけど、山崎も岬ちゃんも「一般人」ではないんですものね。
 岬ちゃんは佐藤くんよりの人間だし(ヲタ方面に走ってないだけで)、山崎は安全圏とは言え“十分に素質ある人”なワケだし・・・こういう人達が一致団結して仲間になったところで、一網打尽にされてしまうのが現実ではあるんですよね。タイダルウェイブ対策にさんごのゆびわを全員に装備させたらサンダガ喰らったようなもんです。



 うーん・・・・・・ということで、マルチに関してはもう書くことがないですね。
 委員長への殺意と、岬ちゃんが本当にイイ子に見えてきたことくらい。結局、他人なんか信用したらダメだってことですね。愛とか友情とか信頼とかは、二次元の中にしか存在しないんだと思っていたほうが良さげ。二次元の中でも騙されていた人がいたけど。




 ○ とりあえず岬ちゃんに萌えておけばいいのか
 さり気に、オムライス作って待っていた岬ちゃんの健気さを伝えてあげる山崎がイイヤツだなぁと思いました。何だかんだ結構仲良くなっている気が・・・初期の頃は「佐藤くん、童貞でしょ?」とか僕らにとってもグサグサと突き刺さる発言をしていた岬ちゃんですが、徐々に彼女の内面の弱さが見えてきて、今や単なるバカなコになってきたような・・・

 そのバカっぷりが、アニメ的な萌えキャラ化されてるのが、リアルなのか非リアルなのかよく分からんところで・・・
 「こんなコいないよなぁ」と視聴者に思わせることで感情移入を妨げてちゃってる要因でもあるんですが―――

 セクハラ描写もそうだけど、「英語読めるの!?」とか「クリーニングオフ」とか、常識力低そうな発言が可愛いでかた。そういや、ユングだかフロイトについても「私しか知らない」くらいのこと言ってたし・・・学のなさを必死に勉強して埋めようとしているところが真っ直ぐで素敵ですし、そうした性格だからこそオムライス作って待っていたりとか出来るんだろうなぁと思いました。いいお嫁さんになるよ・・・ホント。



 ということで、僕はアニメが始まった頃から「岬ちゃん=マルチ」なんじゃないかと勘ぐっていたんですが、今回でそれは完全になくなりましたね。よかったよかった。まぁ、ネコミミ辺りで「どうやら単純にバカなんだ」とは思っていましたが(笑)。となると―――彼女の目的は何なんでしょうね?これがアニメ全体の最後の山場になるんでしょうか。この辺は素直に楽しみです。



 委員長の兄貴は、山崎がいなかったケースでの佐藤くんはこうなっていたかもなぁという例か。委員長が危うく岬ちゃんになったかも知れないというか、岬ちゃんみたいなコが近くにいてネトゲにハマれる佐藤くんはやっぱスゲーなというか。
 委員長の未来は心底どうでもいいや。責任を兄貴に押し付けてるトコも腹立つし、さっさと消えてくれて構わんわ。先輩の例や、自殺オフの例を見る限り、このスタッフは彼女にも救済を与えるような気がしますけど―――僕が彼女に抱いている殺意は消えないだろうなぁ。それくらい僕は人を騙して生きている人間が嫌いだし、人を騙すことは人を殺すくらい恨まれることだと自覚して欲しいと思います。



 全体のクオリティは凄く高いし、事実とても面白いのだけれど、このマルチ編は観るのが辛い・・・
 感想もこんな感じで申しわけないです。このシリーズが終われば元に戻れると思うんで・・・・


 








■ 『N・H・Kにようこそ!』 第19話 「青い鳥にようこそ!」
脚本:西園悟 絵コンテ・演出・作画監督:川畑えるきん

 第3話のエロ画像収集回以来の、川畑えるきんの絵コンテ・演出・作監の回でした。
 味噌汁こぼれて悶える佐藤くんの絵なんかは、確かに何だか以前に観たことあるような懐かしい映像だったかな。


 というワケで、マルチ商法のラスト回。
 佐藤くんらと委員長兄妹の話はAパートで決着し、佐藤くんらが全く知らないところのBパートで人知れず兄妹が救われているという話でした。

 救われ方はちょっとベタだったと思うし、「腹が空けば」死んじゃえば良いやという人間も世の中にはいるワケですし、自殺オフの時と同様に救済方法はちょっとヌルいかなーとは思うんですけど。あくまで物語の中で、各キャラにそれぞれ決着を与える丁寧さと、メインキャラ(=佐藤くんら)の知らないところでも人が生きる希望を見つけることが出来るんだという優しい脚本に感動した面もあるので、これはこれで良しとしますか。
 マルチの会社と会員はちゃんと社会的制裁を受けたのも良かった。ホント良かった―――フィクションの中くらいは、悪いヤツはしっかりとこらしめてもらいたいですからね。




 ○ 「もう戻れない」という言葉の意味
 Aパートは、委員長兄妹と佐藤くんの会話でした。
 この兄妹・・・妹はマルチ商法に兄はネトゲに泥沼に浸かってしまっていて、二人とも同じように「もう戻れない」と語り、“まだ戻れる”佐藤くんと別離することに―――結局彼らを救ったのが佐藤くんではなく、社会的な情勢だったというのが、この作品らしいっちゃらしいです。


 佐藤くんと委員長兄とのネトゲ内の会話は単純に「ネトゲをやめる/やめない」という話ではなく、「安全圏に戻るかどうか」という話であって興味深かったです。この作品を観ている人にも様々な人がいるでしょうし、それぞれに感情移入できるキャラは違うでしょうが―――僕が思うに、こうした引きこもりの問題も昨今の自殺の問題も、自分がどの場所に立っているのかという話なんですよ。


 このマルチ騒動を越え、「まだオマエは戻れる」と安全圏に戻っていった佐藤くんの姿がBパート冒頭で描かれたことが象徴しているように。佐藤くんはこれで人並の人生に戻ったんだと思います。仕事はないけど創作活動頑張って、一緒に戦う仲間がいて、支えてくれる通い妻がいて。あぁ!腹立つな、この野郎!もう立派に真人間ですよ

 この幸せそうな佐藤くんか、第1話の頃のお先真っ暗な佐藤くんか、友達はいなくても「安全圏」な山崎か・・・それとも、この委員長兄妹のように「もう戻れない」場所にいる人間か。このアニメを観て、この感想を読んで下さっている方がどの場所に立っているかは分かりませんし、立ち位置によって思うことは違うんでしょうが・・・・・・
 今週のAパートは、デッドラインを越えてしまった兄妹が、その線を踏み越えようとしてる佐藤くんに「まだ、キミは戻れるんだ」と引き返させた(そこで兄妹と分かれて帰った佐藤くんが、Bパートでは真人間に戻っていた)という意味で―――。もうとっくの昔のその線を踏み越えてしまった僕としては、こうやって佐藤くんが安全圏に戻っていく様をしっかりと描いてくれたことに感謝したいと思います。何となくなぁなぁで佐藤くんに幸せになられるんじゃなくて、「ここでこうしておけば人間は引き返せるんだ」と提示されたことにスタッフの配慮を感じました。


 今の自殺問題も、死にたがっている僕が偉そうなことは言うのは妙ですが―――
 いくら「安全圏」の人間が御託を並べたり、説教をしたりしても無駄なんですよ。今飛び降りようとしている人に届く言葉は、同じ場所に立っている、今まさに飛び降りようとしてる人の言葉だけなんです。年収ン千万のコメンテーターに何言われたって、そりゃアンタは「人生は無限の可能性がある」とか言うよなーとしか思いませんよ。


 この作品はしっかりとソレが分かっていて、佐藤くんを「安全圏」に引き返させられるのはもっと深いところまで堕ちてしまった兄妹だけと描いたことに色々と考えさせられました。
 まぁ、そうして「もう戻れない」と言った兄妹もBパートで救われるのですし、その救い方もデッドラインを越えた僕からするとヌルすぎるとは思い―――金銭の問題は何一つ解決していないし、妹が大学に戻るのにも苦労はあるだろうし、こういうそば屋みたいな小売店は次々と潰れているのが現状だろうし。完全に納得するワケじゃないんですが。とにかく作品内で(一応の)救済をしようとする姿勢は、心打つものがありました。マルチと引きこもりの話で、ここまで大団円に出来たのは素直に誉めて良いと思います。




 ○ ゲーム作りをすっかり忘れてた人、挙手!
 ハイ。
 山崎の考えた2周目を飽きさせないシステムは素直に凄いと思います。絵の量が半端なくなりますが、ちゃんと山崎は自分で描くんですからね。凄いよ。漫画もデジタル方向に進化していったら、ヒロインの服を自分で決めれるとか出来たら良いなぁ。


 というワケで―――幸せそうなBパート冒頭に、微笑ましかったり、苦々しかったり。
 美少女に御飯作ってもらって文句言うなんて、コイツはどこの御殿様だ。岬ちゃんが爽やかに走ってくるところに、何かもう最終回みたいな感慨深さを感じたりして。良かったね・・・佐藤くん、真人間に戻れて。俺の知らないその世界で、どうか幸せになってくれよ。さようなら、そしてありがとう・・・・・・





 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 まぁ、まだ話数残ってるんですけどね(笑)
 どうやら2クールらしいで、実際の冬コミと作中の冬コミをシンクロさせて、そこをタイムリミットに物語が終わりに向かうんじゃないかと推測します。冬コミめがけて必死に原稿描いている人も、美少女に御飯作ってもらってる佐藤くんなんかに負けないように頑張って下さい。


 








■ 『N・H・Kにようこそ!』 第20話 「冬の日にようこそ!」
脚本:西園悟 絵コンテ:園田雅裕 演出:祝浩司
作画監督:Park Hong Keun、 Kim Jung Chul

 思えばここ数ヶ月、自殺オフ、ネトゲ廃人、マルチ商法と怒涛の展開を続けていたこの作品―――
 ようやく本筋のエロゲ制作の話に戻ってきたワケなんですが、ここまでの超ハイペースな数ヶ月があった分、「今週はわりかしフツーだ」と思えてしまえますね。決して面白くないワケじゃないんですが、先週で完全に毒素が抜けてしまいましたし、佐藤くんのモノローグも“暗さ”や“鬱”というよりもポエミーな印象すら受けますし。


 まぁ、何だ・・・オシャレな漫画とヲタクなアニメは紙一重ということか。
 来週、何の伏線もなく山崎の親父が気合で復活したらどうしよう(笑)



 ○ 山崎のキャラ掘り下げで、一旦仕切り直し
 全26話なのか全24話なのかは知りませんけど、作品全体通しての今週の役割は結構重要で―――「(今まで放っておかれてた)山崎の掘り下げ」、「ラストに向けて、視聴者に改めて状況説明」の二点だったと思います。『舞乙』で言えば、舞衣が出てくる回みたいなものかな。

 この作品の場合、本筋がどこにあるのか分かりにくいところがあって・・・自殺だったりネトゲだったりマルチだったりで大騒ぎしてる間に、「あれ?この作品は何が目標なんだっけ?」と忘れちゃっている人も多かったでしょうから、ここで“冬コミまでのエロゲ完成!”という目標をキチッと定めてくれたのは良かったかなと思います。
 本来、佐藤くんとしてはエロゲ制作は手段にしか過ぎなくて、「引きこもり脱出」とか「岬ちゃんを見返す」とかから始まったものでしたよね。でも、もうその二つは果たしたも同然ですから―――「そんなに必死になってエロゲ作る必要あんの?」と言われてもおかしくない状況です。いや、創作者にとって作りかけの作品を放置したまま終わるなんて死にも等しい行為なんですけど、フツーの人にゃ分からないですから。


 なので、佐藤くんではなくて山崎を掘り下げることによって、

 ・冬コミが最初で最後のチャンス
 ・これで成功しなければ、山崎は実家に帰らなければならない
 ・退路を断つために、教科書を燃やして学校を辞める決意
 ・退路を断つために、恋人(だったかは微妙だけど)とも別れる

―――と、“タイムリミット”と“失敗が許されない状況”を作り出しました。高校野球漫画で言う「俺たち3年にとっては最後のチャンスだからな」とか、バトル漫画で言う「ここでセルを倒さねえと地球はやべえぞ」とか、「今日の12時までに解毒剤を手に入れないと斗貴子さんがホムンクルスに・・・!」みたいなもんです。

 まぁ、職のない人間からすると「牧場で働けるなら幸せじゃん」と思うんですが・・・
 ウルトラCで宍戸留美が「私、山崎くんと一緒に牧場で働くよ!」とか言い出す大逆転もありえるんですが、山崎としてはその可能性も断ち切るためにワザとあんな行動とったんだろうしなぁ・・・・・・ホント、ヲタクって不器用な人間だと思うよ。相手の幸せを想う余りに一人ぼっちになっていく生き物なのです。




 ○ 分からないことは全部「ツンデレ」で済ませばいいのだろうか
 とまぁ、山崎の行動は全部終わってみれば「あぁ・・・なんて男らしいヤツだ」と思えるんですが。宍戸留美が山崎をそんなに好きだとは思ってなかったコチラとしては、コイツは一体何がしたいんだと思ってました。だってさ、こちとら電話一本で女のコが部屋まで遊びに来てくれる機会なんか一度も経験してないし、この千載一遇の大チャンスにコイツは何してんの!って言いたくなりますよ(笑)


 そもそも・・・このコって本当に山崎のこと好きだったのかよ。
 佐藤くんが陰口を聞いた第一印象と、夏祭りに来てくれた回と、今週―――3回ともホントに同じ人? ストーリーの都合上、キャラがころころ変わっているような気がしちゃいます。まぁ、それがツンデレというものなのかも知れんですけどね。



 どっちにしろ。
 山崎の男らしさは認めつつ。良いじゃん、誰かに強く想われたことがあるなら、その経験だけで人は強く生きることが出来るよ―――と本気で思っちゃいます。そりゃ隣人が通い妻とイチャイチャしてるのが腹立たしく思えてしまうかも知れんけどさ。強く生きれるよ、もう。



 ということで、次週からが最終章ということか。4〜6話もあるんで・・・単純にエロゲ作って終わりというワケにはいかないと思いますが、何だかんだアニメは最後の印象が大事なので期待したいところです。残り話数のやり様によっては、『ハルヒ』にすら負けない今年を代表する名作になると僕は思っていますし。


 








■ 『N・H・Kにようこそ!』 第21話 「リセットにようこそ!」
脚本:西園悟 絵コンテ・演出:熊澤祐嗣 作画監督:村井孝司l

 何かもう・・・ここまで物の見事に予想を外してしまうのも凄いと思うよ>自分
 あぁ、逃げ出したい―――流石に僕も最終話までこの話題で引っ張るとは思ってませんでしたが、2〜3週は使うと思っていたゲーム完成→冬コミが2分くらいで終わったのにはビックリです。このテンポと切り替えの早さがこの作品らしいっちゃらしいんで、良い意味で裏切られたんですが。あぁ、感想を投げ出して逃げ出したい気分です。


 どうやら24話が最終回になるみたいですね。ココまで来たらネタバレに気をつけなければ・・・!



 ○ さらば山崎、さらばエロゲー制作
 もうこの辺、気持ちが分かりすぎて直視できない・・・・・・
 山崎が雪合戦後に言ったように、僕達の現実はドラマのように起承転結も盛り上がりもありません。このアニメはアニメですから地味な作業は軒並みカットして起承転結と盛り上がりを作っていますが、実際の彼らはひたすら地味な作業を続けてエロゲーを作ったワケです。ドラマならそれは「起」であり、「承」であり、ハッピーエンドによる「結」を迎えるために“作ったゲームが評判になる”とか“凄い人に目をかけられる”という展開になるでしょう。そういう漫画やドラマはごまんとあります。でも、実際に都合よくそんなことが起こる可能性はほとんどないんですよね。

 結果を出せない人に「努力が足りない」とか、「一生懸命やっていないから」と言える人ってほとんど現実知らないか、物凄く恵まれた人生を送っている人だと思います。それは仕事であれ勉学であれ趣味であれ恋愛であれ対人コミュニケーションであれ。
 基本的に、何を一生懸命やっても僕らは負け犬なんですよ。100回チャレンジして、その1つが上手くいけば良い方で―――ほとんどの場合は100回やって100回負けなんですよ。それでも、1回成功するという可能性を信じて努力はするんですけど、どんなに頑張っても報われないってことも頭のどっかでは分かっているんですよ。


 だから―――冬コミでちっとも売れなかった彼らの気持ちも、その後に「売れなくても良かったんですよ」と負け惜しみを言ってしまう気持ちも、負けたと分かっていてもそれを口に出せない気持ちも、自分に才能がないことを痛感させられる気持ちも全部分かってしまいます。
 必死で作っている間は「コレは最高傑作だ」と思えるけど、作り終わるとその魔法は解けてしまうんですよね。いつだってそう。この世界は自分に都合良く出来てはいないということも、この世界に自分は何も残せないこともホントは分かっている―――でも、だからと言ってもう逃げ出す場所もないというのも事実。


 
「おまえ!負けて帰るワケじゃないだろうっ!!」

 全ての戦いを終えても、何も残らず、虚無だけを持って山崎は帰る―――
 立派ではなかったかも知れない。どちらかと言えば不恰好で、大半の人間が「こうはなりたくない」と思う姿だったかも知れない。でも、彼らは彼らなりに一生懸命戦い、努力した。それは紛れもなく、彼らなりの青春だったと思う。これをしっかりと描けたスタッフに、僕は心から拍手を送りたいと思います。



 ○ そうして、佐藤くんは再び0に
 エロゲー制作の日々は終わり、クリエイターとしての可能性がないことを悟ってしまい、自分が引きこもりだということを忘れさせてくれた山崎も実家に帰ってしまい、再び佐藤くんはダークサイドに堕ちそうに。まーね、この人の場合は岬ちゃんがいますし、うるさい隣人もいなくなったんだからやりたい放題じゃないかとか思うんですが、この微妙な距離が引きこもりらしいっちゃらしいですね。ある意味で、僕らは“ある日突然美少女が御飯を作ってきてくれるようになっても何も出来ない”と証明されたようでもありました。

 こうして結局は何もなくなってしまった佐藤くんに、岬ちゃんは「もう佐藤くんには私しか・・・」と。
 そういや野良猫にエサを与えながら、「欲しいものを与えている間は必要としてくれる」みたいなことを言ってましたもんね。ある意味で“共依存”のような関係になりつつある二人の前に、先輩が現れてしまって―――と、かなりグッとくる展開でラスト3話へ。先輩はもう佐藤くんに何の未練もないだろうに、これで三角関係になるのかは分かりませんが。



 ただ―――まぁ、マジメな話。先輩が現れなかったケースとして、佐藤くんと岬ちゃんがずっと共依存し続けていくという関係も良いとは思いませんしね。引きこもりや対人恐怖症に対して、「恋愛だったり夢を持ったりすれば変わるよ!」みたいなことを言う人いますけど、実際には依存の対象が特定の人物に向かうだけで何も変わりませんもの。
 このケースの場合。仮に佐藤くんが引きこもりを脱出できたとしても、岬ちゃんがいなくなってしまえば、また引きこもりの日々に戻るだけでしょうし。一時的な解決にしか過ぎないと思います。実際に佐藤くんと岬ちゃんが、それぞれ自分の脚で立つためにはそれぞれが成長しなければならないんでしょう。

 まぁ、それはともかく岬ちゃんの冬服デザインは可愛いですね。
 黄色と黒の今までのシャツはあんまり好きじゃなかったので、衣装変更は素直に嬉しいです。赤系の服が似合うコは良いね。グダグダ理屈をこねたけど、可愛いコが目の前にいたら依存したくなってしまったってイイじゃないか!とは思います。こちとらそんな相手すらいねーっての。そりゃ引きこもり続けるわ!




 ・・・・・・えーっと、それこそ責任転嫁ですね(笑)
 ラスト3話で佐藤くん−岬ちゃんのラインに話が戻って、かなり楽しみな展開になりました。『エロゲー制作は何だったの?』と思う人もいるかも知れませんが、こうして何も残らないということが創作活動だってことなんでしょう。必要以上に美化されるよりは、シビアに描いてくれた方が気分はイイです。

 ラスト3、この調子で楽しみにしたいと思います。
 あ・・・あと、絶対神の辺りは初期に持ってきていれば面白かったのにと思いました。もう流石に『ハルヒ』ブームも落ち着いてきちゃいましたからねぇ。


 








■ 『N・H・Kにようこそ!』 第22話 「神様にようこそ!」
脚本:西園悟 絵コンテ・演出:鏑木ひろ 作画監督:長沼範裕l

 いよいよもってラスト3話。
 最後の焦点となるのは佐藤くん-岬ちゃんラインになるのは間違いないんだろうけど、佐藤くんは岬ちゃんの闇に気付こうとする気配すらないし、岬ちゃんは暗黒面全開で、見た目以上に視聴者に負荷がかかる鬱な展開ですね。今まで「岬ちゃんのナマ足・・・ハァハァ」ばかりに注目していた人は痛いしっぺ返しを喰ったかもですね。
 僕はコンプレックス塗れの女のコにこそ魅力を感じるので岬ちゃんはかなりストライクゾーンなキャラだなぁと思っていたのですが、流石にラストシーンの不気味さにはビビりました。こうなっちゃったのは佐藤くんの態度のせいだったと言っても、佐藤くんは別に悪いことしてたワケじゃないですしねぇ・・・


 しかしまぁ、キャラ数が少ないとは言え、誰も“悪いヤツ”を作らずにそれぞれのキャラが必死に生きているだけなのに状況が悪化していくシチュエーションを作るという点では―――アニメの脚本というのは、他メディアに比べて一歩秀でていますね。構成の西園さん、真っ当なオリジナルバトルものとかを書かせても面白いんじゃないのかと思いました。



 ○ 結局、佐藤くんは優しいだけなんだけどね・・・
 先輩の幸せを踏みにじることも出来ず身を退き、それでも多少の後ろめたさがあったから岬ちゃんにはソレを話せず、岬ちゃんがぶっ壊れていってもただ一歩引いたところから見ていることしか出来ない――――――まぁ、流石に二度のラブホ妄想はどうかと思ったんですけど、優しいからこそ自分勝手な関係に逃げることも出来ず、関係を築けないから一人になっていく。目を覆いたくなるほど、一つ一つの行動が理解できてしまう自分が哀しいです・・・・
 もちろん僕には佐藤くんほどラッキースケベもないし、アニメ序盤の自分勝手だった佐藤くんが徐々に優しくなっていったとも思うんですけど。もっと自分の欲に忠実に生きている人間がほとんどの世の中で、こんな人間が自分だけじゃないと思えたのが嬉しかったです。


 構成の点から考えると、自殺オフ会の際には“流れ”で別離してしまった先輩との決着をキッチリここで描いておくとともに、岬ちゃんを追い込むのに使うというテクニックが凄い・・・というか、ここまで計算して自殺オフ会の時にキッチリ別れを描かなかったんでしょうね。

 視聴者的には、まだ頭のどっかで「あの先輩の性格からすれば、また佐藤くんのところに戻ってくるかも」と思っていたので。その可能性すら今週で潰しておくという心遣いは流石ですね・・・佐藤くんが寸でのところで留まり、10年後の再会を誓い、先輩に飛田メガネの子どもが出来てしまった今週の展開を見る限り、復縁の可能性は0でしょうしね。
 ここまで来てステレオタイプな一般論で先輩というキャラを語ってしまうのには抵抗があるんですが、“自分は必要ない存在なんじゃないか”という悩みを抱えた女性が子どもが出来ることによって変わることが出来たというのはよく聞く話ですし。



 ○ そういや、岬ちゃんの両親の伏線とかあったよね・・・
 
「神様がいるとしても・・・きっと、悪者に決まっているから」

 これまで不自然なまでに題材にされてこなかった“宗教”だけど、なるほどココでこう描くためにだったのか。

 格差社会とか再チャレンジ不可能とかヒキコモリとか自殺とか・・・この国が抱えている病魔を解決する方法として“宗教”というのは、ある意味では奥の手として存在します。
 (別にここ最近に限った話ではないですが)社会を信じることが出来ない人間は“宗教”を信じることしか出来ず、基本的には無宗教なこの国では、時に怪しげな新興宗教がそうした人々の受け皿となってきました。社会を満喫している人間は、そうした“社会の中で幸せになれなかった人間”を疎んじて、まるで危険因子のように排他してきたんだけど―――彼らを社会から追い出したのは、社会を形成している他でもない自分自身なのにね。


 ・・・相変わらず、話ズレちゃった。
 新興宗教の是非はここでは重要ではないですね。新興宗教だろうが、古くからある宗教だろうが僕にとっては一緒なんです。どっちにしろ信じてねえし―――本当に重要なのは、そうした“最後の受け皿”ともなる宗教にすら受け止められない人間がいるということです。
 社会の中では生きられず、家族にすら生まれてきたことを責められ、神様も信じることが出来ず、自分が生まれてきたイミを見つけられないまま、ただ生き続けなければならない。

 佐藤くんや山崎はまだ物欲や性欲に満ち溢れ、発散する場を持っていました―――何度も言ってるように、彼らはこれから先どんなに辛いことがあってもおにゃのこと手を繋ぎながら花火を見た記憶だけで生きていけるじゃないですか。岬ちゃんにはそれすらないんですよ。佐藤くんを選んだのは、単に彼が自分を必要としてくれそうだったから。誰かを愛したことも、誰かに愛されたこともない人間が、どうして「未来は輝いているんだよ」なんて言葉を信じられるというのでしょう。



 とまぁ・・・なんでこんなことを長々と語っちゃったかというと。
 僕が自己の創作活動において描こうと思っていたことを、既に形にしていた人がいるということが分かってショックだったから。どうしよ、『ちのしあ』・・・モロに題材がかぶっとる。こうして「パクリ」と断罪される作品が生まれてくるんだと、今更ながらに実感してきました。死にてえ。


 ともかく。残り2話で岬ちゃんにどういう決着を与えるのかに期待しています。
 ここのやり方次第で今年を代表する傑作にも、超駄作にもなりえる作品だと思っていますので。


 








■ 『N・H・Kにようこそ!』 第23話 「岬にようこそ!」
脚本:西園悟 絵コンテ:笹木信作 演出・作画監督:奥野浩行

 うーん・・・・・・

 
佐藤くん物語もコッチの方向に来ちゃったかぁ。

 最終回前で結論を出すのは早いとしても、ちょっとガッカリしちゃいました。
 僕が基本的に“人間、切羽詰ったら何でも出来る”系の話が嫌いというのもあるんですが、このネタって委員長兄の時に1度使っちゃっているじゃないですか。結局はこのパターンしか描けないんだという落胆と、委員長兄の救済が描かれた際にすがった「でも、佐藤くん物語はキッチリ描いてくれるはずだ」という僅かな希望すら打ちのめされたことで―――やっぱり、この作品は「引きこもり」や「自殺志願者」を半端にしか描けなかったなぁという印象です。

 というのはね。この作品、“仕事をする=引きこもり脱出”という前提で描かれていましたけど、それって全然別問題だろって思うんですよ。引きこもりというのは単純に「家から出ない」ことが問題ではなく、「社会に適応できない」ことの方が問題なのであって・・・「お金さえあれば引きこもりたい」とか「誰とも口をききたくない」と思っている人が、働いているからといってマトモに社会に復帰したかと言われると、僕は違うと思っています。
 食うために、ボロボロに肉体労働をして、誰もいないゴミだらけの部屋に戻って寝る・・・・・・真っ当な人間関係が築けないほど壊れてしまった僕らに残された最大の結果は、そんなとこが打倒だとは思いますし、実際に佐藤くんをそう描いていたのは流石だと思います。でも、来週には岬ちゃんを救済して、キレイな部屋で彼女と明るく楽しく過ごすんでしょ?何百回でも言いますが、僕らの前に岬ちゃんは現れないんですよ。佐藤くんと違って、僕らは一生一人ぼっちで過ごさなければならないんですよ。


 本来描くべきは他人と人間関係を築けない“壊れてしまった心”の方であって、単純に職が見つかって良かった良かったみたいな話にはして欲しくありませんでした―――



 とは言いつつ、実際に岬ちゃんは働いていながら人間関係を築けないと描かれていましたし、来週の最終回でその辺りがキッチリ描かれる可能性も大いに残ってはいるんですけどね。てゆうかソレを期待しなければ、この作品を好きだった半年がムダになってしまいますもの。現状では、第1話の時点で仕送り止めておけば良かったんじゃね?とすら言えちゃいますからね。2クールの物語で、キャラ達がどう変化・成長できたのかをしっかり描いて終わってもらいたいです。




 ○ 岬ちゃんの契約書には大変萌えたぞ
 先週のラスト、部屋で一人不適に笑いながら作っていたのはコレか!
 可愛いじゃないですか。人間全てを信じられなかった彼女が、それでも佐藤くんにすがって、でも裏切られるのが怖くて契約書によって自分に縛り付けておきたかった。とても可愛いじゃないですか―――Sっぽく見えてMということか。あ、今の一言で今までの感想全てが台無しになってしまった気がするぞ。

 契約書で縛り付けて、こっちから一生傍にいてやるぜ!と言いたいところだけど、そうなるとハッピーエンドにはならず共依存エンドになっちゃいますので。一旦、佐藤くんは岬ちゃんを拒絶してバラバラに。山崎が声優志望のコと別れたように相手を思いやったがためかと思いきや、「見下されるのがイヤだったから」というトホホなものでした。コイツ、ホントどうしようもねえヤツだな。
 スタッフ側の考えとしては、引きこもりを脱出した佐藤くんが、それによって「自分を必要としてくれる人」を失った岬ちゃんと改めて向き合うことができて、彼女を救済できるんだ―――という理由付けなのかも知れないんですけど。さっきも書いたように、職に就いただけで全部が解決したかのように描かれることに僕は違和感を覚えるので。ちゃんと「ダメ人間とは」を来週に描いて、佐藤くん物語と岬ちゃん物語をそれぞれキッチリ決着させてもらいたいものです。



 何だかんだ、アニメは最終回の締め方で印象が全く変わってくると思うので・・・今週でガッカリさせられた分を、来週で補って余りある結果を期待しています。まだ、今年を代表する一作になれる可能性はあると信じたい―――本当にこの作品が好きだった半年間をムダにはして欲しくないのです。











■ 『N・H・Kにようこそ!』 第24話 「N・H・Kにようこそ!」
脚本:西園悟 絵コンテ・演出:山本裕介 作画監督:下谷智之

 
「まぁ・・・みんな、せいぜい頑張ってくれ
 俺もテキトーにやっていくつもりだ。ボチボチと頑張っていくつもりなんだ。」

 「結局のところ、問題は何一つ解決しちゃいない。
 俺達はこれからも毎日、ダメだダメだとつぶやきながら生きているんだろう。
 だけど・・・そう。いつまでもつかは分からないけど、出来る限りはやってみるさ」



 なるほど。この作品に対して僕は、細かいところにまで気配りされた脚本だと絶賛し続けた一方、自殺オフにしてもマルチ商法にしても決着の付け方が余りに甘いんじゃないかと思い続けてきて―――その最たるものが先週の“ハラ減って死にそう→メシのために就職→引きこもり脱出”という短絡的思考だと幻滅していて。
 ラスト付近までの盛り上げ方が上手かった分、この幻滅度は『舞-HiME』最終回以来の爆死になるんじゃないかとハラハラさせられ、事実佐藤くんの引きこもり脱出の件はこの作品を根底から覆しかねないほどダメだったと僕は思っているんですが・・・


 最終回における佐藤くんのモノローグで、これまでの甘い展開はある程度納得できました。
 「みんな」というのは山崎や先輩のことを指した言葉ではありましたが、ホントはもっと広い意味のはずで―――自殺オフで出会った人や、委員長兄妹も、その他の登場人物も含まれるし、もっと言えばこの作品を観ている全ての人間にも向けられた言葉であって。佐藤くんと岬ちゃん以外の全ての人間への言葉だったのかと思いました。




 結局、この作品の全24話の中で佐藤くんが救えたのは岬ちゃんだけなんですよね(佐藤くんにとっては、相変わらずの危うさに「何一つ解決していない」と思っているんだろうけど)。

 先輩は飛田メガネと幸せな家庭を築いた
 山崎はゲーム作りに敗れ、佐藤くんの知らないところで素敵な女性と出会い(チッ・・・)
 委員長兄妹も新しい一歩に踏み出し
 自殺オフの連中は佐藤くんに感謝していたけど、本当の救いになったのはそれぞれの家庭だったし
 宍戸留美声の声優志望のコは声優として頑張ろうとしていて

 「あれ?佐藤くんの実家だけは悲惨なままじゃね?」とも思ったんですが(笑)、基本的にはそれぞれのキャラにそれぞれ救済を与えつつ、その全てに佐藤くんは関与していないというのがこの作品らしいところだと思いました。結局、人間なんてそんなに大勢を救えるほど立派ではなく、せいぜい目の前にいる一人を抱きしめるくらい・・・その幸せも、本当にいつまでも続くものとは思えないのだけど、そん時はそん時でまた悩めば良いじゃないかと―――



 かつては佐藤くんを自殺の淵から救った(?)岬ちゃんが、今度は自ら自殺の淵に追い詰められるように・・・僕らはまた何度も同じ場所を行ったり来たりする。そうした締めくくりも、今日は自殺オフ、明日はネトゲ廃人、その次はマルチ商法と次から次へと苦しいことばかり起こったこの作品らしかったと思います。



 そうした人間の卑小さをこれでもかってほどに描きながら、それでも青春物語としてハッピーエンドで締めくくった脚本は大いに評価したいと思います。素晴らしい作品でした。佐藤くんの引きこもり脱出の流れさえしっかり描けていれば、今年の個人的ナンバーワンアニメになったのになぁ。本当に惜しいところを逃してしまったと思うのです。




 ○ 「あいつがラスボスだ!」と叫ぶアニメ、初めて観たかも(笑)
 この作品の前番組だった『涼宮ハルヒ』は時間軸シャッフルやらCD販促の回など変化球のような外ッ面に見せかけて、実は物凄くマトモなアニメの構成でした。第1話でキャラをとりあえず全員見せて、2話でヒロインたるハルヒを描いて、最終回直前に皆が仲良く楽しんでいる文化祭の回を入れて、最終回はちゃんとキョンとハルヒの関係性に落として―――と言ったカンジに。

 同じ角川作品だからというワケじゃないんでしょうが、続くこの『N・H・Kにようこそ』もムチャクチャな題材のように見せかけて至極真っ当な構成のアニメでした。緩急やアップダウンの使い方は視聴者の心理を上手くコントロールしていたと思うし、第1話の岬ちゃんのスカウトからの流れはヒーローアニメの王道展開に近いものがありました。実際にやっていることはエロゲ制作とか自殺オフとか、全然真っ当なアニメじゃなかったんですが(笑)
 今週も、岬ちゃんの表情を隠しつつ立ち上がらせる辺りの演出は「真の黒幕がとうとう本気を出して主人公に戦いを挑む」のようなゾクゾクがありましたし、その後に現れた(?)真のボスに佐藤くんが玉砕覚悟で立ち向かうところなんかは『舞-乙HiME』のラストでアリカが最後の特攻を仕掛けるシーンを思い出しました。こういうアホな脚本を、物凄くマジメに動きつけた絵で、表情もムチャクチャ頑張って動かしている辺りにGONZOの意地を感じましたし―――これまでGONZOのアニメが好きになれなかった僕にとって、この作品は「GONZOも凄ぇんじゃん!」と思わせてくれる転換点のようなアニメになりました。


 ふざけた脚本というだけじゃなく。自殺しようとした岬ちゃんを抱えた佐藤くんのカットで、24話かけてこの二人がようやく抱きしめられる距離まで届いたことがしっかり描けていたのも印象的でした。廃屋での何気ない会話で、すっげー初期のセクハラ発言をしたりで、二人の感情やこれまで歩いてきた時間なんかを印象付ける辺りも流石でした。

 最後に佐藤くんが岬ちゃんを救った言葉―――というか、悪いのは全部神様だからやっつけようという行動について。何かに憎悪の標的を向けて生きる意味を見出させるのって自殺を止める数少ない手段の一つだと僕も考えていたのですが、それを「やっつけて」彼女を救おうとする行動は予想を遥かに上回り、素直に佐藤くんが頼もしかったです。
 また、そんなアホみたいな行動で岬ちゃんを救おうとする佐藤くんの心情を、冒頭からの「俺には何も出来ない」という心理描写を繰り返すことで説得力を持たせていたのにも感心しました。アレがないと「コイツ何やっとんだ」と思わされるところでしたから(あっても少しは思ったけど・笑)、細かいところに手を抜かなかった今作品の脚本(原作?)が最後に大ファインプレイをしたと言っても過言じゃないほどに。



 と言ったように、まぁ・・・個人的には登場人物のみんながハッピーエンドになるのは羨ましいというか、そんなに世の中は甘くないんだよとか愚痴りたくなることはなるんですが。アニメとしての脚本も演出も作画も演技も、これ以上ないほど見事だったのは間違いないです。最終回さえ頑張っていれば今までの不満を全部忘れちゃう僕の悪いクセはともかく、最後の最後で持ち直してくれて良かったです。

 2クール、全24話―――
 題材が題材なだけに、物凄く共感できるとこも、だからこそ許せないとこもありましたが。どちらの部分も物凄く強く心に響く作品だったのは確かです。ラストEDクレジットでのカット、ほとんど覚えていましたもの。多分・・・僕が思っている以上に僕はこの作品が好きだったのだろうし、この作品がなくなってしまう来週以降はポッカリと心に穴が空いてしまうことでしょう。


 ありがとう。
 そしてまぁ、この感想を書き終わった後に一人ぼっちの部屋を実感して、また死にたくなるんだろうなぁ・・・


 



自作漫画を描いています
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