| 『ファミコン探偵倶楽部 消えた後継者(前後編)』(FCD/ADV) |
〜2007.11.6 |
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ファミリーコンピュータ ディスクシステム用/アドベンチャー
任天堂/トーセ?
1988.4.27発売(前編)/1988.6.14(後編)
Wiiバーチャルコンソール用
2007.10.16配信開始/600ポイント
公式サイト
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このレビューはWiiバーチャルコンソールにてリメイクされたものをプレイして書かれたものなので、ゲームボーイアドバンス版やオリジナルのディスク版とは内容が異なっている可能性があります。
恐らく、84〜88年というのはゲーム業界にとって激動の年だったのでしょう。
それまでは「言葉探し」だったアドベンチャーゲームというジャンルを、コマンド選択システムによって天才・堀井雄二が「ストーリーを楽しむもの」に変えてしまったのが84年のPC版『オホーツクに消ゆ』と85年のファミコン版『ポートピア連続殺人事件』でした。
時代はとにかく大容量・複雑なゲームへと向かい、ファミリーコンピュータを作っていた任天堂も「大容量」「セーブ可能」なディスクシステムを86年2月に発売します。その背景には「ストーリーを楽しませる」必然性があったのだと推測されます。
しかし、その半年前の85年9月に「ROMカセットの集大成」として発売された『スーパーマリオブラザーズ』が社会現象になるほどの大ヒットになり、皮肉なことにディスクシステムの存在価値は薄まってしまいました。ディスクシステムの特権だった「大容量」「セーブ可能」も、ROMカセットの改良によりファミコン単体でも可能になり……そして、その象徴のようなソフトである『ドラゴンクエスト3』が88年2月に発売され、情勢は一気に「ファミコン単体」の方に流れます。『ドラクエ3』は言うまでもなく、アドベンチャーゲームを「ストーリーを楽しむもの」に変えた堀井雄二氏の大傑作でした。それは運命のいたずらか、必然だったのか。
―――そんなディスクシステムへの逆風が吹いている時期に、任天堂から発売された“推理アドベンチャー”がこの作品でした。
それまでにも『新・鬼ヶ島』のように任天堂のアドベンチャーゲームは存在していたのですが、アドベンチャーブームの火付け役となった“推理アドベンチャー”への参戦は(多分)この作品が初ですよね。任天堂らしからぬ重厚なストーリーと殺人描写とともに、任天堂らしい取っ付きやすさが共存した作品となっていました。
……というのが、歴史のお勉強でした。
流石に当時の僕は小学生にもなっていませんでしたし、ディスクシステムも持っていなかったので後で知ったことばかりですけどね。20年前のゲームなので、流石にシステム面はかなり取っ付きにくかったです。昔のゲームが大好きな僕でも、「これは“味がある”では済まされないな」と思いましたもの。
ただ、ストーリー面はなかなかだったので、システムを今の時代に作り直してリメイクでもしたら面白いものになるんじゃないかと感じました。 |
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○ アドベンチャーゲームの難易度とは?
プレイした人が誰もが気になるだろうことが「メッセージスピードの遅さ」です。
これだけならばまだ我慢が出来るのですが、加えて「選択肢を総当りしないと進めないシステム」と合わせ技一本でイライラする原因となってしまっています。何度も何度も同じ質問をしないと進めない箇所も多く、その分「ハズレの選択肢」も何度も選んでしまい、その度に遅いメッセージで長い文章が表示されるのを待たなければなりません。これはもう、本当にイラつきます。
しかし、裏を返せば……不満点ってこのくらいなんですよね。
「えっ、ここでこんな選択をしないと進めないの!?」という場面もありましたが、それも含めて面白かったですし、僕はノーヒントでクリアまで進めました。根気さえあれば誰でもクリアできますし、誰でも操作が出来るというのも流石任天堂ブランドだなと思いました。
アドベンチャーゲームをあまりやったことがない僕が言うのもアレなんですが、このジャンルって難易度調整が難しいと思うんですよ。RPGならばボス敵を強くしたり、ザコ敵の数(エンカウント)を増やしたり。アクションゲームなら足場を狭くするとか……色々出来ますし、それらを適度に乗り越えられるような難易度に調整できたゲームこそが名作と呼ばれてきました。
しかし、アドベンチャーゲームに関しては分かりやすい目安がないんですよね。
『新・鬼ヶ島』は「死亡フラグ」と呼ばれる「選ぶとゲームオーバーになってしまう選択肢」を各所に置くことで、難易度を調整していました。『はじまりの森』はストーリーのポイントにミニゲームを置くことで、物語に緩急を付けていました。『どき魔女』は各話の最後に魔女とのアクションバトルが入ることでゲームが引き締まっていました。
この『ファミコン探偵倶楽部 消えた後継者』には『新・鬼ヶ島』のような死亡フラグはありません。
かといって、『はじまりの森』のようにミニゲームが入ることもありませんし、『どき魔女』のように女のコの体をまさぐって興奮させて先に進むというゲームでもありません。決してありません。
このゲームは、「選択肢を数多く用意しておいて」「その選択肢を選ばないとストーリーが進まない」というポイントを多く作って難易度を調整しているのです。言わば、コマンド総当りで解けてしまう一本道ゲームなんです。
ただ……それでも、画面をアイコンで示さないと進めないところや、正しい単語を推理して入力しなければならないところがあり。また、コマンド総当たりで解けると言っても「え?コレを選ばないとダメなの?」という意外なものもあったりで、一筋縄ではいかないようになっています。“この時代のゲームとしては”というカッコ書きになってしまいますが、ゲームが単調にならないように工夫されていると思いますし、その辺は今に続く任天堂イズムという気もします。
○ 推理アドベンチャーとしてのストーリーの面白さは?
まぁ……正直、ストーリーは人それぞれの好みが大きいでしょうね。
個人的には「本格的な推理モノ」を求めている人や、「犯人を当てる難解さ」なんかを欲している人にはオススメ出来ません。トリックも何もあったもんじゃなかったですし、伏線も分かりやすすぎると思います。
どちらかというと、明神村という村社会と綾城家の遺産相続にまつわるドロドロな人間模様を描いた話としての面白さの方が強かったです。登場人物がみんなギスギスしているし、死体発見のシーンはショッキングなものがあります。
『新・鬼ヶ島』や『はじまりの森』といった任天堂の他のアドベンチャーゲームとは違い、ユーモアもさほどあるワケではありません。「任天堂のゲームは子ども向け」というイメージでプレイすると、思わぬしっぺ返しを喰らうと思います(『新・鬼ヶ島』なんかは一周まわって大人向けだと思うんですけどね……まぁ、それはそれで別の話)。
そんな重苦しい話の中で、明神村ただ一人の医師・熊田のキャラは観ていて面白かったです。ミステリーの登場人物は「犯人」か「被害者」になりがちなので好感の持てる人物にする必要もないとは思うのですが、そんな中でも熊田だけは好感の持てる人物でした。自分の診療所を放り出して、「美人に会えるならワシもついていく!」とか言い出すんだぜ(笑)。
あと、前編では全然興味がなかったヒロインあゆみちゃんが、後編になって可愛くなっていたのに驚きました。
どうやらこのコは『ファミコン探偵倶楽部』シリーズのヒロインとしてこの作品以外でも活躍しているらしいので、是非シリーズの他の作品もバーチャルコンソールで配信して欲しいです。
そうそう。この作品の肝として、「主人公がいきなり記憶喪失になる」というところがあります。
御都合主義臭を若干感じながら……記憶喪失の主人公に名前を入力して思い出すといった演出もあったり、記憶喪失だからこそ謎の解明が徐々に紐解かれていくストーリーだったり、なかなかに面白いことをするなーと思いながら進めていました。
これが漫画や小説だったら「最初から主人公が記憶を取り戻していればこんなに面倒なことにはならなかったのに……」と思ってしまうのですが、ゲームという媒体で“何も知らないプレイヤー”と“記憶を失った主人公”をシンクロさせるという手法は見事でした。
○ 総評
“推理小説”のようなモノを期待してしまうと期待ハズレかも知れませんが、“ゲームでお話を読む”という視点で遊んでみると演出面での様々な工夫に驚かされる良作だと思います。ゲームオーバーなし&コマンド総当りで何とかなるのでそれなりに誰でもクリアできると思いますし、それでいながらイジワルなポイントもあるので適度に達成感も得られるでしょう。
最後のアレは……当時の“推理アドベンチャー”には定番だったんでしょうか。『ポートピア』もファミコン版は確か最後がアレだったんですよね。僕はわざわざ紙にメモ取るなどして、何気にアレが一番楽しかったかも知れません(笑)。
ただ、やはり……“ゲームでお話を読む”のが珍しくない今の時代に於いては、システムの古臭さはストレスになってしまうでしょう。メッセージスピードの遅ささえなければ、それなりにオススメしたい作品ではあるんですけどねー。
どうやら続編の『うしろに立つ少女』はディスクシステム版だけでなく、ニンテンドウパワーというスーファミソフトの書き換えサービスでリメイクされていたそうなので……システムも手直しされたであろうそのスーファミ版がバーチャルコンソールで配信されることを期待しています。
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